【マカオのインバウンド観光動向】年間・月別の訪問外国人観光客数の推移(2024年8月〜2025年7月)

直近1年間(2024年8月〜2025年7月)のマカオ訪問客数は、パンデミック後の需要回復により大幅な増加傾向を示しました。2024年8月には月間訪問者数が365万1731人に達し、過去最高を更新しました。これは前年比+13.3%、2019年8月(コロナ前)も0.8%上回る記録的水準です。同年10月には中国の国慶節(ゴールデンウィーク)効果で1日あたり17万4000人という過去最高の入境者数を記録し、10月1~7日の累計訪問者も約99万人にのぼりました。その後秋口にはやや落ち着いたものの、2024年末にかけても各月250万~300万人規模を維持し、2024年通年では延べ約3492.9万人の訪問者数となり前年比+23.8%と大幅増加しました。

2025年に入ると中国本土の春節(旧正月)の影響で1月に約345万~350万人規模(月次では過去2番目の高水準)に達したと報じられています。2月は春節後半が重なりやや減少したものの、その後も月間280万~300万人前後で推移しました。例えば2025年6月の訪問者数は289万1003人で前年比+13.3%増となり、2025年上半期(1〜6月)の累計訪問者数は1921万8540人に達して前年同期比+14.9%の伸びを記録しています。

以上より、調査対象期間(2024年8月〜2025年7月)の訪問者総数は概算で約3700万~3800万人規模に達したと推計されます。これは月平均では約300万人超となり、パンデミック前の2019年(年間3940万人)に迫る勢いであることがわかります。また日帰り客の比率が増えており、2024年は日帰り客1888万人(+35%)・宿泊客1604万人(+12.8%)となったため、平均滞在日数は1.2日と前年より0.1日短縮しました。2025年上半期も滞在日数平均は1.1日と僅かに短縮しており、短期滞在型の旅行需要が中心となっていることがうかがえます。

国・地域別の観光客構成

マカオのインバウンド客は中国本土からの訪問客が大半を占め、次いで香港、その他台湾・海外と続きます。2024年通年では、本土からの訪問者が約2449万人に達し前年比+28.6%と増加し、全体の約7割を占めました。香港からは約717.9万人(前年比▲0.2%)で全体の2割強を占め、パンデミック前とほぼ同水準に戻りました。台湾からは83.4万人(前年比+64.1%)と急増しましたが依然全体の2.4%程度に留まっています。

海外(国際)市場からの訪問者は合計242.3万人で前年比+66.0%と伸び、全体の約7%まで回復しました。主要な海外市場では、東南アジアからの訪問が顕著でフィリピン約49.3万人(+57.1%)が最大、次いでインドネシア18.3万人、マレーシア18.2万人、タイ13.5万人、シンガポール11.9万人と続いています。東アジアでは韓国約49.2万人(+140.6%・日本12.6万人(+68.2%)と大幅増となりました。長距離市場では米国14.8万人(+57.7%)が最多で、そのほか欧州やオセアニアからの訪問も漸増しています。

2025年上半期も構成比に大きな変化はなく、本土と香港で全体の約90.6%を占める状況です。上半期の本土客は約1377万人(前年同期比+19.3%)とさらに伸びています。一方、海外市場からの訪問客は上半期で約134万人にとどまり、パンデミック前を依然下回ります。ただし中東やインドなど新興市場の開拓も進んでおり、後述のとおり2025年は訪港ビザ免除対象国の拡大などで海外からの誘客強化が図られています。また訪問者の属性として、団体ツアー客や日帰り客の割合が高まっています。2025年上半期は58%以上(約1120万人)が団体旅行で日帰り滞在であり、個人訪問よりも組織化された短期ツアーが主要な形態となっています。このように、訪問者構成は「本土からの短期滞在客」に強く偏重している点がマカオ観光の特徴です。

観光がマカオ経済に与えた影響

観光業の急回復はマカオ経済全体を力強く牽引しました。2024年のマカオGDP(実質)は前年比+8.8%増の4033億マカオパタカとなり、コロナ前の86.4%の水準まで回復しました。サービス収支(主に観光サービス輸出)の伸びが+9.2%と顕著で、観光需要の回復が経済成長を押し上げています。観光業はマカオ経済の中核であり、2024年の訪問者数は前述の通り約3493万人に達しパンデミック後の景気回復を支えました。この結果、失業率も2023年の2.7%から2024年には1.8%へ低下し、特に地元住民の失業率も2.4%まで改善しています。ホテル・カジノ業を中心としたサービス業の雇用吸収が進み、観光業従事者の約30%が賃上げを経験するなど労働市場の状況も改善しました。実際、2024年第三四半期時点の失業率1.7%住民月収中央値18,000パタカはコロナ前を上回る水準で、観光復調が雇用と所得を底上げしたことが示されています。

観光収入の面では、カジノ収入(ゲーミング収入)も来訪者増加に伴い持ち直しました。マカオの基幹産業であるカジノの粗収益(GGR)は2023年以降急回復し、2025年も前年比+8%程度の成長が予測されています。一方で観光客の一人当たり消費には減少傾向も見られます。2025年第1四半期の訪問客の非ゲーミング消費額総計196.2億パタカと前年同期比▲3.6%減少しました。これは平均客単価が下がったことによるものですが、宿泊客の総支出が▲6.4%減だったのに対し日帰り客は+8.4%増となっており、滞在時間の短い観光客が増え低コスト志向が強まったことを示唆します。実際、一人当たり非ギャンブル消費額は1,989パタカで、買い物(総消費の45.7%)や宿泊・飲食に費やす割合が高いものの、高額消費層の割合は縮小しています。これにより2025年初にはGDP成長率がわずかにマイナス転化し(2025年第1四半期: 前年比▲1.3%)、観光客数こそ増えているものの消費額減少が経済に影を落としつつある状況です。総じて、観光業復調はマカオ経済の量的な回復(生産・雇用)には貢献していますが、質的な側面(消費単価や高付加価値化)には課題も見られます。

人気観光スポットや観光トレンドの変化

パンデミック後のマカオでは観光トレンドにもいくつかの変化が現れています。まず、「ギャンブル依存からの脱却」を掲げた多様化戦略の下、カジノ以外の娯楽施設や文化的観光スポットの訴求が強まりました。例えば2021年にリニューアルオープンしたマカオグランプリ博物館は人気を集め、レースシミュレーターなど家族向けコンテンツも備えた新名所となっています。また毎年開催のマカオ国際花火大会(2024年は第32回)は、中华人民共和国成立75周年・マカオ返還25周年を祝う特別イベントとして盛大に行われ、世界各国から観光客を惹きつけました。さらに中国本土の大型連休時には旧市街の世界遺産やコタイ地区の統合型リゾートで各種ショーやプロモーションが実施され、コミュニティベースのイベント(例:タイパ村の歩行者天国化、ストリートフード市集等)も各地で開催されました。このように「観光+(プラス)イベント/文化」の融合がキーワードとなり、単にカジノで遊ぶだけでなく街全体で多彩な体験ができる観光地としての色彩が強まっています。

観光客層のトレンドとしては、家族連れや若年層グループなどマス層が中心となりました。コタイ地区では大型リゾート各社が室内プールやテーマパーク、ショッピングモールなどファミリー向け施設を拡充しており、例えばギャラクシー・マカオの巨大スカイトップ・ウォーターパークやスタジオシティの屋内遊園地などが人気を博しています。またグルメツーリズムも注目され、ミシュラン星付きレストランやポルトガル料理、ストリートフードまで食を目的とする旅行者も増えています(※ミシュランガイドマカオ掲載店の増加などが背景)。さらにMICE誘致にも成功しており、2023年・2024年と「アジア最高のMICE都市」に選ばれるなど国際会議や展示会開催地としての評価も高まりました。

これらの動きはマカオ政府が進める観光多角化策と軌を一にしており、「カジノだけでないマカオ」をアピールすることで旅行者の滞在を延ばしリピートを促す狙いがあります。実際、2025年にはマカオが「東アジア文化都市」に選定され、大型アートイベント「Art Macau」や先進映像技術を駆使したショー「Macau 2049」など文化芸術イベントも予定されており、今後こうした新たな観光コンテンツへの関心が高まると見られます。

マカオ政府による観光施策

マカオ政府および観光当局(MGTO)は積極的な政策とプロモーションで観光業の回復と発展を支えました。まず中国本土向けには中央政府との協調により訪澳ビザ制度の拡充が図られました。例えば個人訪問スキーム(IVS)の対象都市が新たに10都市追加され(2023年以降)、対象地域の拡大により本土客数が大きく押し上げられました。また広東省珠海市住民に対して週1回までマカオ訪問を許可し最長7日滞在可能とする措置が2024年から導入され、本土周辺からのリピーター誘致に繋がっています。さらに本土からの持ち帰り免税限度額の引き上げ(ショッピング促進)など中央政策も追い風となりました。マカオ政府自体も観光システムの電子化やプロモーション強化を進め、中国本土の主要都市で「マカオウィーク」ロードショーを開催して観光と中央施策(例えばマカオ・広東省横琴エリアの協調プロジェクト等)をPRしました。特に新規IVS都市(陝西省西安など)では現地イベントを開き、マカオの「観光+」の魅力を発信しています。

海外市場開拓にも注力しています。2023年以降、観光局は東南アジア各国やインド、中東に対して現地説明会や旅行博参加を行い、航空券・宿泊の割引キャンペーン等も展開しました。SNSやオンライン広告を活用し28の公式ソーシャルメディアアカウントで全世界約923万人のフォロワーに情報発信するなどデジタルマーケティングも強化しています。具体的施策としては、2025年7月からサウジアラビア・カタール等中東5か国に対し査証免除(ビザフリー)措置を開始し、中東富裕層の誘致を図りました。また近年成長するインド市場にも航空路線就航支援や旅行会社との連携を深めています。

インフラ面では、2018年開通の港珠澳大橋(Hong Kong–Zhuhai–Macao Bridge)が定着し、陸路での大量送客を可能にしています。実際2024年8月の陸路入境者約298.6万人のうち28.3%(約84.6万人)は港珠澳大橋経由であり、従来の關閘(ボーダーゲート)経由50.1%に次ぐ主要ルートとなりました。この橋により香港・珠海からのアクセスが飛躍的に向上し、広域周遊や日帰り旅行が拡大しています。また珠海・横琴ニューエリアとの一体化も進められ、横琴経由入境も全陸路の17.2%に達しました。その他、パンデミック中断していたフェリー航路・航空路線も2023年以降順次再開・新規開設され、2024年の空路入境者は約306万人(総入境の8.8%)と前年から+43.9%増加しました。

観光体験の質向上策として、宿泊施設や観光施設の整備も推進されています。政府主導で古いホテルのリノベーションや、タイパ旧市街などでの歩行者空間の整備、無料Wi-Fiスポットの拡充など受入環境改善を図りました。安全・安心の面では観光地へのパトロール強化や不法ツアー取り締まりを行い、良質な旅行先としての評価向上にも努めています。さらにマカオのアイデンティティを発信するため公式マスコット「Mak Mak」の大型オブジェを街角に設置するなど遊び心ある施策も展開されました。全体として、マカオ政府はプロモーション(広宣活動)ビザ・制度面の緩和イベント誘致・開催インフラ・施設整備といった多方面から観光振興策を講じ、この1年間のインバウンド需要増加を下支えしました。

動向の背景・要因

上述の動向の背景には複合的な要因が存在します。最大の要因はやはりパンデミック収束と往来規制の撤廃です。中国およびマカオ政府は2023年初までにゼロコロナ政策を終了し、水際制限を解除しました。その結果、押さえ込まれていた観光需要が一気に顕在化し、2024年の訪問者数は前年比+23.8%という爆発的増加につながりました。また中央政府によるマカオ支援策(IVS拡充、マルチビザ発給、横琴一体化など)は、本土からマカオへの旅行を一段と促進しました。特に経済成長戦略「粤港澳大湾区(GBA)」構想の一環でマカオ観光が位置づけられており、中国政府の後押しが訪問客増加の根底にあります。

一方で、中国本土の経済情勢も観光動向に影響を与えました。2024年以降、中国経済は回復基調ながら減速感も強まり、本土消費者のセンチメント(消費意欲)は弱含みとなりました。その表れの一つが観光客の購買力低下です。中国人民元は対米ドルで下落傾向にあり、香港ドル(マカオパタカと連動)建てのマカオでは相対的に物価が割高になっています。このため本土からの観光客にとってマカオ旅行のコスト負担感が増し、小額のテーブル賭博に留めたりショッピングを控えたりする動きが広がりました。本土消費者の慎重化と人民元安という二重の要因が重なり、観光客一人当たり支出の減少傾向日帰り客比率の上昇を招いたと考えられます。実際、「本土客の消費意欲の弱まりがギャンブルだけでなく旅行先での小売・飲食支出にも波及している」と指摘されています。

さらに、マカオの観光客層の構造変化も背景要因です。2021年末のジャンケット規制強化に代表される高額賭博セグメントの縮小により、マカオは従来のVIP依存からマスツーリズム重視へとモデル転換を図っています。政府がカジノ企業に対しノンゲーミング分野への投資義務を課したことも相まって、訪問客数は増えたものの高額消費層は割合を減らしています(結果として前述のような平均支出低下につながる)。この転換期にあって、観光業は量的拡大と質的向上の両立という課題に直面しています。

その他、交通インフラの発展も旅行動向を変えました。前述の港珠澳大橋による広域アクセス改善で日帰り旅行が容易になり、また香港経由の国際旅行者も増えました(香港とマカオ間はフェリー・バスで約1時間)。航空面でもLCC路線開拓などで東南アジアからの直行便が充実しつつあります。イベント開催も誘客の重要な要因です。2024年にはマラソン大会や格闘技イベント、K-POPコンサート等が相次ぎ開催され、特に中国本土・香港からの短期観光を後押ししました。また記念年(返還25周年等)に合わせたプロモーションが奏功した面もあり、政府・業界挙げてのキャンペーンが訪問者数増に貢献しました。

まとめると、コロナ規制解除による需要回復、中国政府の政策支援、中国経済・為替の影響、観光産業の構造転換、インフラ整備、イベント・プロモーションといった多方面の要因が複合的に作用し、直近1年間のマカオ観光の動向を形作ったと言えます。各種統計や報道も示す通り、マカオは訪問客数こそ急増したものの、その内実(構成や消費)には変化が生じており、これら背景要因を踏まえた持続可能な観光戦略が求められています。